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“ハーバードの教材になった”社員のやる気と自主性を引き出す【エンジェルリポート】とは?

エンジェルリポートとは?

・従業員の離職率が高く、社員の定着が難しい
・評価していた社員が辞職してしまった
・良い職場環境を構築するための指針が分からない

これらの課題に直面したことはありませんか?

もしこういった悩みがあるなら、この記事を読んでみてください。

必要なものは紙、もしくはスタッフ全員がアクセス可能なチャットやメールのみ。これだけで、職場の雰囲気や社員の意識を変えることができます。

本日は、士気の低い従業員が仕事にやる気と達成感を見いだし、会社に利益をもたらすようになった株式会社JR東日本テクノハートTESSEI(以下、テッセイ)のエンジェルリポートという取り組みをご紹介します。

株式会社JR東日本テクノハートTESSEI(テッセイ)とは?

皆さんは、新幹線のホームで清掃員のスタッフが素早く車内清掃を行っているのを見たことがありますか?

東京駅では新幹線がピーク時、3分間隔で発着します。新幹線が到着してから次の発車までわずか12分。そのうち5分は乗客の乗降にかかるため、車内清掃に充てられる時間はわずか7分しかありません。その7分間で、約1000席分の座席、テーブル、トイレをピカピカに掃除する20人ほどの「新幹線のプロ掃除集団チーム」が存在します。彼らの仕事のスピードとそのプロフェッショナリズムには目を奪われます。

実際にその7分間は『 Tokyo’s Seven-minute Miracle=東京の奇跡の7分間』と言って、CNNにも度々取り上げられるほど、国内外の利用者を魅了しています。

この清掃チームの運営会社が株式会社JR東日本テクノハートTESSEI(テッセイ)なのです。

エンジェルリポートとは?

エンジェルリポートは、テッセイが導入した社員同士が感謝や頑張りについて報告し合う取り組みです。

「エンジェル」とは、現場でコツコツと頑張る従業員のことを指します。

主任である「エンジェルリポーター」が優れた業績を達成した同僚を見つけ、その業績を報告すると、それが職場の掲示板に掲示されたり、本社に送られて社内報に掲載されたりするのです。エンジェルリポートの報告は年間で約1万件に達し、1か月あたり約833件(テッセイの従業員数とほぼ同じ数)が報告されています。つまり毎日約27人が「褒められレポートを書かれている」計算です。

これらの報告は1か月分で20㎝以上の厚みのファイルに収められます。報告のノルマはなく、希望するときに希望する内容を報告できます。それにもかかわらず、多くの社員が毎月たくさんの報告を行っているのです。

始まったきっかけ

エンジェルリポートの文化は、もともとテッセイに根付いていたものではありませんでした。

2005年、取締役経営企画部長に就任した矢部輝夫氏がおこなった、7年にわたる改革の過程で形成されました。その当時、厳格なマニュアルに基づく管理が行われ、現場の努力が経営陣に伝わっていませんでした。従業員は不満やストレスを抱え、遅延も多く、矢部氏は当時の会社の評判が芳しくなかったことを振り返っています。

スタッフは「汚い・過酷・危険」といわれる3K業務に従事しており、仕事にやりがいを見出していないと感じていました。この状況を変えるためにエンジェルリポートがスタートしたのです。

浸透していった経緯

エンジェルリポートがすぐに浸透したわけではありませんでした。実際、当時のテッセイ社長である加藤氏は2016年のTheCowtelevisionのインタビューで、「トップがやれと言ったって、スタッフは絶対にやらない。浸透しない。」と断言しています。

そのため、当時のテッセイの経営トップ陣は現場に入り、スタッフを巻き込んで、「こういうことに価値があるんだ、やってみようよ!」と汗をかきながらアプローチしました。そして、その姿勢を見た先輩従業員やベテランスタッフがこれに続いたため、エンジェルリポートは徐々に浸透していったのです。

もたらした効果

エンジェルリポートの利点は、人々がお互いに注目し合うことにあります。

他の社員からの評価を受けなかった人が、「認められたことが嬉しい」と感じ、その後、チームに感謝の気持ちを持つようになり、自然とチームワークが向上します。さらに、他人を注意深く見る習慣を持つことで、顧客のニーズに対する感性も養える可能性があります。エンジェルリポートはこのような好循環を生み出すのです。

 

エンジェルリポートの特筆すべきポイント4点

1.直接言わなくても評価される仕組み

「現場の声が届かない」「地道に頑張っている人に評価が伴っていない」このような問題は、どんな職場にもあると言えるでしょう。しかし、会社が事業を続けていけるのは、そんな縁の下の力持ちがいるからです。エンジェルリポートのような仕組みを導入すると、書かれた方は嬉しい、見てくれている、認められていると具体的に感じることができます。書いた方も、達成感があるものです。仲間同士で認め合う活動というのは「温かい心で良い仕事をしよう」という原動力になります。

エンジェルリポート原本(参照:INCLUSIVE TRANSFORMATION

2.書きたいときに、気軽に書ける仕掛け

冒頭で書いたように、テッセイにはエンジェルリポートを書くというノルマなどは設けていません。書きたいときに、書きたいだけ書くというスタイルです。また、コロナ禍も現在も手書きのフォーマットを維持しています。
これには、テッセイ860名のスタッフのうち4割がパートタイマーで、平均年齢が50歳ということが理由です。全員がパソコンを持っていない、従業員がデジタル世代ではないということを考慮しているのです。休憩時間に休憩室でメモのようにさっとかけるという手軽さも、この取り組みが浸透した一因でしょう。
デジタルデータよりも手書きのリポートの方が収集に手間はかかりますが、手書きには手書きの温かみがあり、このような感謝を伝え合う仕組みとそれがマッチしていた、ということも言えるでしょう。

3.仕事は、生きがいであるという意識改革

仕事には、経済的側面も大切ですが、何より「誇り」と「生きがい」が欠かせません。それを感じなければ、その仕事は続けることができないからです。「誇り」と「生きがい」を感じるのに大切なことは、「認め合う」ことです。同じ会社で働いているのですから、そこには経営者、スタッフという垣根はありません。
エンジェルリポートは、そのきっかけを提供しただけであって、経営者がスタッフを、スタッフがスタッフ同士を互いに認め合うことのできる環境や風土はどの企業も必要になります。

4.認められることで伸びる、好循環

目立たなくても現場でコツコツと頑張っている人の努力を評価し、みんなに見えるように褒めることで「褒められることによってさらに伸びる」好循環を生み出します。
テッセイではリポートされた人、そしてたくさんリポートした人も表彰されます。 自分の努力や仕事が認められることは、誰でも嬉しいものです。メンバーの頑張りや努力を見逃さないこと、そしてその頑張りを評価していることを本人に伝えるようにし、ポジティブなフィードバックや称賛をチームで共有すれば、ほかのメンバーに行動指針を示すことができ、チーム全体の成長へとつながります。

 

ハーバードビジネススクールの必修科目に

テッセイの事例は、従業員のモチベーションと生産性を向上させたことで高く評価されており、同時にこれがビジネスリーダーにとって理想的な例であるとし、米国ハーバード大学経営大学院(HBS)のMBA(経営学修士)では1年生の必修科目となっています。

ハーバード大学のイーサン・バーンスタイン助教授も、「上司による管理や金銭的な報酬ではない、貴重なスタッフの動機づけだ」と非常に感銘を受けています。

顧客満足度(CS)と同等に従業員満足度(ES)も重要

テッセイの取り組みをご紹介しましたが、このエンジェルリポートは顧客満足度=Employee Satisfaction(以下ES)の向上を狙った取り組みであることに気付きましたか?

経営者は通常、競合他社に勝つために顧客満足度=Customer Satisfaction(以下CS)の向上に注力します。CSの向上は収益に直結する重要な指標ですが、CSを向上させるのは主に現場スタッフの役割であり、経営陣がESを見逃している場合、CSの向上は難しいでしょう。人々は感情的であり、家庭環境や職場の雰囲気が彼らの意識や行動に影響を与えることがあります。単に「お客様のためにやるべきだからやりなさい」という指示だけでは、従業員を動かすのは難しいです。

ESを向上させるために、高給与を提供することや従業員を甘やかすことだけが有効ではありません。ESを高める鍵は、従業員が仕事に意義を見出し、誇りを持って働ける環境を整えることです。結果的に、ESの高いチームを作り上げることが、高いCSを生み出すことに繋がります。

参照:Unipos

 

社内に「褒め合い」の習慣がある会社

ANA(全日本空輸株式会社)

2001年度から、ANAでは社員同士がお互いに関心を持ち、職場のコミュニケーション活性化やグループの一体感醸成を促進するために、お互いの仕事で良い点を見つけた場合にそれをカードに記入し、本人に手渡す「Good Job Card」の推進を開始。

2014年度には、メッセージを送った人と受け取った人の両方にポイントが付与されるグレード制度が導入され、また、より気軽に褒め合える仕組みとしてWEBを通じてメッセージの送受信も可能にしました。2021年度には、グループ全体で送付されたメッセージが100万件を超える大きな成功を収めました。

ヤマト運輸

運送会社のヤマト運輸は2008年に「満足ポイント制度」を開始。この制度では、社員が他の社員を褒めると、褒めた人と褒められた人の両方にポイントが与えられ、これに応じて満足バッジが授与されることになっています。この仕組みを通じて、褒めることで良い循環が生まれることが期待され、「満足BANK」として活用されています。この成功に触発されて、ヤマトシステム開発は「ハッピーポイント制度」を、ヤマトホームコンビニエンスは「ありがとうポイント制度」など、同様のピアボーナス制度を導入しました。

株式会社UZUZ(ウズウズ)

若手人材を対象とした人材紹介事業やビジネス/ITスクール事業を展開している株式会社UZUZでは、仕事を手伝った人が社内サイトで報告すると、”ウズポ”という社内通貨が付与される仕組みがあります。社内チャットを通じて感謝の意を伝えた側と感謝された側の両方にウズポが支給されるシステムが採用され、自然な形で「社員コミュニティ」と「褒める文化」が育まれています。1ウズポは1000円の価値があり、社内の飲み会費用や備品購入などに使えますが、3か月で失効するため、積極的に褒め合いを行い、ウズポを利用する文化が浸透しています。

エンジェルリポートに関するX(旧twitter)の反応まとめ

まとめ

テッセイの事例からわかるように、従業員のモチベーションや満足度を向上させるためには、経営者やリーダーが従業員の取り組みを見逃さず、お互いに認め合う文化を構築することが非常に重要です。

このためには、経営陣やリーダーが一緒になって「褒め合う」行動を率先して行うことが必要です。

これらの行動は、従業員を奮い立たせ、結果的に「認め合う」→「やる気が高まる」→「業績が向上する」という好循環を生み出すでしょう。

従業員が自分の仕事に誇りを持ち、やりがいを感じる環境を整えることで、会社全体の成果と成功に貢献します。

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